天の国のまなざし

福音朗読は Laudate | 教会カレンダー (マタイ20章1~16節) 本日のたとえ話を読んで、主人の態度に対して「一日中働いた人に1デナリオン。一時間しか働かなかった人にも1デナリオン。これはおかしいのでは?」と首をかしげる人も少なくないでしょう。私た…

死ぬ心構え 

死はしばしば突然やって来ます。交通事故、病気、戦争、災害などなど。健康で力がみなぎっているときには、自分の死について考えることはありません。それにも拘わらず、死は全く思いがけずにやって来ます。どうすれば死に備えることが出来るでしょうか。決…

教会・人と建物

福音箇所は Laudate | 教会カレンダー(マタイ18章15~20節) 通常、皆さんは「教会」と聞けば、「〇〇教会」と書かれた建物を思い浮かべるのではないでしょうか。しかし、これは本来の意味ではありません。日本語の「教会」とは、ギリシャ語の「έκκλησία(エ…

被造物を大切にする世界祈願日

教皇フランシスコは2015年、回勅「ラウダト・シ」を発表した。去年、「共に暮らす家を大切に」という副題と共に翻訳が出版された。「わたしたちの家、地球を大切に」という『回心』を呼びかける教皇メッセージに、どれだけの人が耳を傾けて実行しているのだ…

「イエス・キリスト」

福音朗読は Laudate | 教会カレンダー (マタイ16章13~20節) 日本語で欧米人の名前を書く時、私の本名のレナト・フィリピーニのように、名前と姓の間に「・」が表記されます。しかし、イエス・キリストの場合、「イエス」が名前で、「キリスト」が姓という…

人生における勇気

福音朗読は Laudate | 教会カレンダー (マタイ15章21~29節) 本日の福音書を読むと、人生は冒険であり、勇気が必要不可欠だと感じられます。登場人物は女性でありながら、イエス様に大胆にも挑戦しているからです。男性社会の時代では、女性は男性の所有物…

市場の中の静かな場所

聖書朗読は Laudate | 教会カレンダー (列王記上19章9~13節) 「静まって、わたしこそ神であることを知れ」(詩編46・10)。これは忙しい生活をするにあたり、覚えておくとよい言葉です。私たちは、静けさを騒がしい世界と対比させて考えるかもしれません…

聞くこと

福音朗読は Laudate | 教会カレンダー (マタイ17章1~9節) 聖書は、単なる過去の物語ではありません。現在の私たちにも語りかけている書物です。「祈るとき、あなたは神に語りかけます。あなたが読んでいるとき、神はあなたに話しかけます」という箴言があ…

人生に隠された宝

福音朗読は Laudate | 教会カレンダー (マタイ13章44~52節) 福音書にある最初の二つのたとえ話に、「すっかり売り払い」という表現が出てきますが、これはよく誤解される表現です。宝を手に入れるという前提で「売り払う」のではありません。福音書に登場…

イエスの見方 

福音朗読は Laudate | 教会カレンダー (マタイ13章24-30節) 今日の福音書には、収穫の場面が描かれており、畑によい麦と毒麦が登場しています。ここで、私たち人間の世界に目をむけてみましょう。仕事を効率良くこなす人とそうでない人や、健康な人と病人…

人生の土壌に蒔く

福音箇所は Laudate | 教会カレンダー マタイ13章1-9節) 価値のある人生や実り豊かな人生とは、成功や名誉などを手に入れることではありません。価値のある人生とは、自分の道を歩みながら成長し続けることです。人生は土壌のようなもので、様々な出来…

「人生に気をつけて」

福音朗読は Laudate | 教会カレンダー (マタイ11章25~30節) 「体に気をつけて」という表現はよく使われていますが、「人生に気をつけて」とはおそらく聞いたことがないでしょう。しかし、人生には山があり谷があり、また波風も立つのです。熱心に物事に取…

一杯の冷たい水 

福音箇所 Laudate | 教会カレンダー(マタイ10章37~42節) 暑い季節に、頼まれなくても自ら進んで冷たい水を一杯飲ませてあげることはごく普通のことであり、大したことではありません。しかし、イエス様にふさわしい弟子、つまりキリスト者としてふさわし…

存在を生み出す不在 

病気の人や死の床にある人、閉じこもったままの人、障がいを持った人や孤独な人を訪ねるのはよいことです。同時に、少ししかいられない、あるいはたまにしか行かれないからといって、後ろめたく思わないことも重要です。 わたしたち自分の限界について言い訳…

神様からの贈り物を思い起こす 

朗読箇所は Laudate | 教会カレンダー (申命記 8章2~3、14b~16b節) 信仰を表す表現やイメージは様々ありますが、先日、次の表現が目に入ってきました。「信仰は神様から頂いた贈り物を思い起こすこと」。言いかえれば、信仰を祈り求めるのではなく、先に…

一万回の感謝

本日、6月11日(日)昼頃に「レナト神父のブログ」は1万回のアクセス数を突破しました。ブログを愛読していただいている一人ひとりのみさまにこころから感謝いたします。これからもよろしくお願いいたします。 レナト神父

双方の行為 

福音朗読は Laudate | 教会カレンダー (ヨハネ3章16-18節) キリスト教(カトリック・プロテスタント・聖公会・正教会)の世界では、「三位一体」は共通の考えであり、中心的な信条です。三位一体というのは、順番づけることではありません。それは、父と…

聖霊と私たち

書簡朗読は Laudate | 教会カレンダー (第1コリントの教会への手紙 12章3b~7、12~13節) 外国で暮らしている宣教師として、私は「言語」と「ことば」に関する特別な関係を毎日経験しています。この特別な状況の中で、日本語という「言語」を用いた日常の…

「いつもあなたと共にいる」

福音朗読は Laudate | 教会カレンダー (マタイ28章16~20節) 私たちは、宗教は死後の世界で受け入れられるための役割のみを果たすと考えがちです。従って、宗教のことを考えることなく日々を過ごしている人は少なくありません。しかし、思いがけない出来事…

世界広報の日にあたり

「他者に対して先入観を抱かずに、出会いの文化を育むことにより、確かな信頼をもって現実に目を向けられるよう助ける、建設的なコミュニケーションをわたしは皆さんに強く勧めます。 したがってわたしは、建設的で開かれたコミュニケーション手段の追求に貢…

道であるキリスト

福音朗読は Laudate | 教会カレンダー (ヨハネ 14章1-12節) イエス様は「私は道である」と宣言されました。そして、使徒言行録によると、初代教会の人たちは「道に従う者」という名称を与えられ、「弟子たちが初めてキリスト者と呼ばれるようになったので…

豊かな命と救い 

福音朗読は Laudate | 教会カレンダー (ヨハネ10章1~10節) 「救い」という表現は、狭義では死にそうな状態から救助されるという意味ですが、広義では命が開花すること、しかも豊かになるという肯定的な見方があります。この視点から見ると、救いは豊かな…

悲しみの天使 

福音朗読は Laudate | 教会カレンダー わたしたちは、悲しみといえば、すぐになくなった人に関わる悲しみを思い浮かべます。それは、おそらく、人生の中で最も深刻な悲しみでしょう。悲しむことにおいて、わたしたちは意識的に、人の死はわたしたちの人生に…

わたしたちと双子のトマス

福音朗読は Laudate | 教会カレンダー トマスだけは、復活したイエスが来たとき、弟子たちと一緒にいませんでした。トマスは、 最後までイエスに従うという覚悟を果たせなかった自分に失望し、他の弟子たちにも失望し ていました。「主を見た」という弟子たち…

復活の曙光 

福音朗読は Laudate | 教会カレンダー (ヨハネ20章1~10節) マグダラのマリアが墓に行った時、あるものを発見しました。何を発見したのでしょうか。墓に入るほのかな希望すら与えなかった重い石が、取りのけられているのを見たのです。そして、イエス様の…

受難の主日に当たって 

福音朗読は Laudate | 教会カレンダー 受難物語の流れに沿って読み進めると、いくつかのコントラストが浮かんできます。例えば入城の場面で最も注目すべきことは、イエスが乗った動物です。それはロバです。ロバは荷物を運ぶ家畜で、労働を象徴しますが、同…

あなたも出てきなさい

福音朗読は Laudate | 教会カレンダー (ヨハネ11章1~45節) イエス様は墓に納められたラザロに、「ラザロ、出てきなさい」と大声で呼びかけています。ラザロとは異なり、私たちは命が与えられ、墓の中ではなく社会の中で暮らしていますが、このイエス様のこ…

新天地へ

今日、午後から泉佐野の本部を出発して、熊本県にある玉名教会(写真)へ行きます。4月2日に主任司祭として着任する予定で、近隣の荒尾教会も兼任します。同じザベリオ会の84才の大先輩の協力と知恵をいただきながら、新天地での人生の本に新たな章を書き始…

見ようとしないこと

福音朗読は Laudate | 教会カレンダー ヨハネ9章 1-41節 「今日の福音書に出てくる目の見えない人も、まさにそうでした。通りすがりに聞こえよがしに口にされた「この人が生まれつき目が見えないのは誰が罪を犯したからですか?」という質問や、のちにファリ…

様々な解釈

福音朗読は Laudate | 教会カレンダー (ヨハネ4章5-42節) 本日の福音箇所にある「五人の夫」(18節)の表現には、サマリアの女が象徴している歴史的な背景を読みとることができます。紀元前8世紀にアッシリアによって北王国が滅ぼされた時に、隣国の人々…