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「七転び八起き」 (マタイ16章13-19節)

福音朗読は、下記の女子パウロ会 “Laudate”のページでご覧ください。

http://www.pauline.or.jp/calendariocappella/cycle0/sol_0629.php#gospel

 

 聖ペトロと聖パウロはキリスト教の発展のために、それぞれの性格と信念によって、さらに過ちすら通して、中心的な存在でした。聖書に記されているように、ペトロはイエスが逮捕されたあと、イエスの弟子であることを固く否定しました(マタイ26章69-75節参照)。イエスが十字架上で亡くなった後、パウロ(当時の名はサウロ)はさらにひどいことをしました。イエスに従う人たちを迫害したのです。(使徒言行録8章1-3節、9章1-2節参照)。

 こ れらキリスト教の聖人の以前の過ちと行いをみると、わたしたちの惨めさはキリストの愛にとって障害ではないと言えます。さらにわたしたちの惨めさが大きければ大きいほど、キリストの憐れみも深まるのです。わたしたちの過ちや絶望は、キリストと出会い、その憐れみを体験する場となり得るからです。

「七転び八起き」 これはキリスト者にとっての人生観を表わす一つの言葉なのです。キリスト教的にこの言葉を読むと、人生には1回だけではなく、何回もチャンスが与えられているというよい知らせとも読めるでしょう。過ちを繰り返しても、絶望に落ちても、また立ち上がることができます。なぜならキリストの慈しみに信頼して、キリストの愛に駆り立てられているからです。

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