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最後の審判 (マタイ25章31~46節)

       ミケランジェロの名画「最後の審判」は、イタリア・ローマのシスティナ礼拝堂にあります。その絵の中には、天国へあげられる人もいれば、地獄へ落とされる人もいます。では、どんな風に裁かれるのか、また、どんな基準で裁かれるのでしょうか。キリストは、困っている人々や苦しんでいる人々に対して、優しく接して手を差し伸べた人をほめてくださり、その反対の場合は叱ってくださいます。つまり、生前の罪に対して罰を受けるということではなく、生前に困っている隣人に対して行った、もしくは怠ったことによって裁かれるということなのです。

       聞きなれた言葉に、チャリティー、つまり慈善の業があります。キリスト教では、最初の頃からその精神を実践してきました。それは身体的・精神的に困っている人々を助ける行為なのです。そして、教え、助言し、慰め、励ますことも慈善の一つです。特に、飢えている人々に食べさせ、宿のない人に宿を提供し、着るものを持たない人々に衣服をあたえ、病人や受刑者を訪問し、死者を埋葬することなどは、身体的な慈善の業です。こうして、昔からキリスト者たちは、身体的・精神的に困っている人々を助けて支えながら、人々の世話と隣人の奉仕を続けてきたのです。

 福音朗読は、下記の女子パウロ会“Laudate”のページでご覧ください

http://www.pauline.or.jp/calendariocappella/cycleA/a_ord33sun.php#gospel

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