木の枝の陰に (マルコ4章26~34節)

福音朗読は Laudate | 教会カレンダー

   毎日猛暑が続き、私たちは熱中症や夏バテにならないように水分をこまめに摂取しています。同様に、人生における熱中症、すなわち「人生バテ」に負けないように、心の水分も摂取することも大切なのです。

    キリスト者の共同体は、木陰で一休みできるような場所でありたいと考えています。また、キリスト者一人一人がもてなしの心を持ち、開かれた教会に訪ねてくる人々を、心から受け入れる窓口となりたいものです。

    教皇フランシスコは『福音の喜び』に次のように語っています。「無名性に逆説的な痛手を負いながら、同時に他人の生活を詳細に知ろうとする強迫観念に襲われた文明社会では、人々は恥を忘れた不健全な好奇心に冒されています。その社会の中で教会は、必要に応じて、彼らに近づかなければなりません。彼らに目を注ぎ、心を寄せ、彼らのために時間をかけるためです。この世では、叙階された奉仕者(司祭)と他の司牧者(教会の仕事に携わる奉仕者)が、近くにおられるキリスト、そして一人ひとりをご覧になるそのまなざしに漂うよい香りを、感じさせてくれます。(169項) 

   このような人になりたいと思ったり、巡り会いたいと思ったりすることは、私たちの心からの願いなのです。

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