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誘惑という名の試練 

福音箇所 => Laudate | 教会カレンダー

今回の福音箇所を読む度に、悪魔から三回も誘惑を受けたイエス様のことを、「被害者」と想像してしまうのではないでしょうか。しかし、日本語では「誘惑」と訳されている言葉は、元は「試練」という意味です。従って、誘惑を「受ける」というよりは、誘惑と「闘う」や誘惑に「対抗する」と捉えるほうが自然です。

 この誘惑のエピソードは、イエス様が公生活を始める前に置かれていますが、これは非常に深い意味を持っています。イエス様の最期の場面を思い出してみましょう。十字架にかけられたイエス様は、「神の子ならすぐに降りてこい。そうすれば信じてやろう。」と悪魔と同じように人々から誘惑を受けます。このように、イエス様の生涯は、誘惑で始まり、誘惑で終わるのです。

 誘惑は人生につきもので,人生の途上で様々な試練が訪れます。誘惑された時、ただ危険にさらされるだけでしょうか。それとも、誘惑と戦い、それに打ち勝つ良い機会と考えるのでしょうか。キリスト者にとって、四旬節という期間は節制することが求められます。しかし、節制しているからこそ、悪魔からの誘惑を受けた際、それと戦って跳ね返すことができるのではないでしょうか。               

* カトリックでは「四旬節」ですが、「大斎節」(聖公会)や「受難節」(プロテスタント諸派)とも呼ばれます。四旬節では伝統的に食事の節制が行われ、償いの業が奨励されています。これは、祈り・断食・慈善の3点を通じて悔い改めの表明と解されます。詳細は女子パウロ会のHPまで Laudate | キリスト教マメ知識

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