読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

奇跡、信仰と神

福音朗読は  Laudate | 教会カレンダー (ルカ17章5~10節)

   私たちは、針の頭ほどのからし種のような信仰があれば、桑の木を動かすことができるでしょうか。本日の福音書のイエス様のことばを聞くたびに、半信半疑になります。なぜなら、私たちの信仰によって、一輪のコスモスに「抜き出て花瓶に入りなさい」と命令しても何もならないからです。

   不思議な話を聞くと、すぐに奇跡のことが浮かんできます。しかし、福音書の中心となるメッセージは、信仰の象徴としての小さなからし種なのです。魅力的な奇跡よりも、奇跡さえ起こしてくださる神を信じることは、なんと素晴らしく優れたことでしょう。必死に奇跡を探し求めることに縛られて、それしか見えなくなってしまう状況とは雲泥の差ではありませんか?

    信仰とは、私たちと奇跡との関係ではなく、奇跡を行われる神と私たちとの関係です。つまり、信仰は奇跡にすがるのではなく、神にすがることなのです。奇跡というものは宗教的な魔法ではなく、神の不思議なみ業であり創造力を表します。その始まりは目立ちませんし、どう働いているのかは分かりませんが、その結果は信仰のある人にはっきりと見えるものなのです。

f:id:nipponblog:20160930160642j:plain