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「あなたが祈る時」 

福音朗読は Laudate | 教会カレンダー  (マタイ6章1~6、16~18節)

   福音箇所に「あなたが祈る時」と書かれていますが、この表現について二つの指摘があります。一つ目は、「あなたが祈るなら」ではなく、「常に祈っているあなた」であってほしいこと、つまり、祈る姿勢は忠実であることが強調されています。二つ目は、定期的に行うこと。日常生活において時間を割いて祈ることです。しかし、祈りたいと思っている時こそ雑念が浮かんでくることが多く、それと闘うことでエネルギーを費してしまうのです。では、どうすればいいのでしょうか。

    雑念と闘って追い出すことに力を使うよりも、距離を置くことが大切です。雑念は必ずしも価値のないものではありませんが、祈りはより価値のあるものなので、祈りを優先させるからです。

   祈りとは、神との対話というよりも神のみ前で沈黙することです。語ることではなく、沈黙する、すなわち神のうちに心を沈ませる姿勢なのです。それによって、私たちが神に引き寄せられていきます。祈りの本質は、神に対する私たちの願いが聞き入れられるかどうかということよりも、私たちに対する神のみ旨の実現を願い、それを信頼することなのです。

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