「知ってるつもりキリスト教」⑮ なぜイエスは十字架で処刑されたのか

     イエスの宣教活動は、最初に多くの人に受け入れられ、力強い支持を得ていました。しかし、イエスが自分たちの思い描く指導者とは異なることに気づくと、人々の態度は次第に変わっていきました。彼らは、ローマ帝国による支配を退け、自分たちを独立に導くような力強いリーダーとしての働きをイエスに望んできました。しかし、実際のイエスの言動はまったく異なるものでした。イエスは、さげすまれていた人々に近づき、彼らと一緒に食事をし、敵対する人々を愛し、弱い立場の人々を進んで助ける「愛」を説いたのです。

     ユダヤ教の指導者からも民衆からも受け入れられなくなったイエスは、それでも神の愛を伝え、人々を救いにあずからせる使命を果たすために、自分の命をささげることをもいといませんでした。十字架による処刑は、当時では凶悪な犯罪者に対して科される最もむごい処刑の方法でした。十字架にかける前には鞭で全身を打たれ、自分がかけられる十字架を背負って刑場まで市内を引き回されました。こうした残酷な刑に処せられる時も、イエスは自分を処刑しようとしている人々のために祈り、彼らのために神にゆるしを願ったのです。

 宮越俊光著 『早わかりキリスト教』(日本実業出版社、2005年)参照。

***写真はロペス神父(聖ザべリオ宣教会会員)の提供。

f:id:nipponblog:20180906213018j:plain