聖書に登場するシンボル 「光」

      創世記1・3には、「神は言われた。『光あれ。』こうして、光があった」と書かれています。聖書では光は神の一つの特徴で、その光は神の栄光とも言われています。もっと具体的に言えば、光は幸せ、愛、平安、秩序などすべての積極的で肯定的な要素を含みます。その反対は、暗闇、悪、すべての否定的なものです。

      12月25日は、もとはミトラ教の太陽の誕生を祝う祭りの日でした。それをキリスト教はキリストの誕生に結びつけ、世の光であるキリストの誕生を祝う日になりました。ヨハネ8・12に「イエスは言われた。『わたしは世の光りである。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ』」。とあります。この世の暗闇に再び光をもたらすこと、それが救いの意味です。同じようにキリスト信者にも、世の光であるようにとマタイ5・14‐15で言われています。「あなたがたは世の光である。山の上にある町は、隠れることができない。また、ともし火をともして升の下に置く者はいない。燭台の上に置く。そうすれば、家の中のものすべてを照らすのである。」

    キリスト信者が世の光であることは、復活徹夜祭で美しく演じられます。世の光のキリストを象徴する大きな復活のローソクから各自の手に持っている小さなローソクに、順々に火がともされ渡されています。そして真っ暗な聖堂が、次第に明るくなっていきます。クリスマスのキャンドルサービスも、同じ意味を持っているのです。

 マンフレート(著)/池田 紘一(訳)『聖書象徴辞典』人文書院 参照。

***写真は有明海の夕陽で、高木淳さんの提供。アルバムのリンク先 

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