聖書に登場するシンボル 「園」

    聖書の中では、エデンの園がよく知られていています。創世記2・8‐9の「エデンに園を設けられた神が、園の中央に、命の木と善悪の木を生えいでさせ」とあるその園は実在のものではなく、「神が人類に約束された幸せのシンボル」です。エデンの園は、人間が耕し守らなければなりません。つまり、神が混沌から秩序ある世界をお造りになるように、人間は神と共に共同創造者としてその秩序を守り、この世の完成までに漕ぎ着かねばなりません。

     残念ながら、人間は神の掟に背いて、善悪の木の実を食べてしまいました。しかしながら、エデンの園から追い出された人間を神はお見捨てにはなりませんでした。ヨハネ18・1によると、イエスはなくなる前にゲッセマネの園で夜を過ごし、そこで十字架の運命から逃れたいという誘惑を受けました。アダムとは対照的に、イエスはこの誘惑を退け、自分を父のみ旨にまかせました。ヨハネ19・41によると、イエスの遺体は十字架の近くの園に運ばれ、アリマタヤのヨセフとニコデモによって葬られました。

       ローマ教会への手紙5.19に「一人の人の不従順によって多くの人が罪人とされたように、一人の従順によって多くの人が正しい者とされるのです」と使徒パウロはイエスが新しいアダムとして述べています。

 マンフレート(著)/池田 紘一(訳)『聖書象徴辞典』人文書院 参照。***写真は6月のカタツムリで、高木淳司さんの提供。アルバムのリンク先 

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